歌舞伎への憂い
山川静夫・高橋睦郎
ぼくは声の商売だから、セリフ回しは特に気になります。吉右衛門は緩急、抑揚、速度、全て申し分ありませんでした。声の調節ができないから徹頭徹尾全力投球で声を張る役者が多くなり、最近は聞いていて疲れてしまうことも増えています。さて、これからは高橋さん、どういうふうにして芝居を観ていきましょう。
歌舞伎だけじゃなくて、文楽にもいえることですが、若手はがんばっているんでしょうが、技術があっても情が足りない人が増えましたね。技術だけじゃ無理なのが日本の芸能というものでしょう。実生活が出てくるんですよ。
山川
そのとおりです。「最後は人間性でっせ」と竹本住太夫にいわれたことを思い出します。
(「百点対談 名優に捧げる句」『銀座百店』2022年4月 №809)
七代目嵐徳三郎
人物像
高橋睦郎
徳三郎はぼくが台本を担当し、蜷川幸雄が演出した舞台『王女メディア』で、一時期主役をやってくれたんです。彼もやっぱり色気のある役者でねえ。十三世仁左衛門の仁左衛門歌舞伎で鍛えられ、歌舞伎以外でも活躍したのは、実力と芝居心があったんでしょうね。『王女メディア』をやりたいと、ぼくのところへ挨拶にこられたときに演じてみせてくれたんですが、役の決定以前にもかかわらずセリフが全部入っていて、すごい迫力でした。
(山川静夫 評判を取りましたね。)
その役を失ったうえに病気になるなど、不遇な目に遭っての壮絶な最期でしたが、高潔で立派で、やはり忘れられない名優です。
(「百点対談 名優に捧げる句」『銀座百店』2022年4月 №809)
初代尾上辰之助
人物像
高橋睦郎
立役では辰之助(尾上辰之助)が忘れられません。あんなに男の色気のある人って見たことがないんですよ。亡くなる直前に雀右衛門が会わせてくれて、あまりの色気に驚いて。会ったあと雀右衛門に「いやあ、あの人とだったら寝ることができるかもしれない」といってしまったくらい(笑)。
(山川静夫 ほれこみぶりがよくわかりますね(笑)。彼は色気もあるし芸も巧みで、玄人好みというか、高橋さんも含め目利きの人に好かれました。最後に辰之助の劇場中継を担当したのは『暗闇の丑松』。すばらしい出来でした。)
咲きかけて俄かに寒き昨日今日
たった四十歳で散ってしまった辰之助に手向けた句です。彼の色気って辛抱から生じていると思うんです。山川さんもおっしゃるように巧い人で、だからこそ若いころはお父さんの松緑に押さえられたようなところがあって、ずっと辛抱していたんです。長い時期を耐えたあと、さあという矢先の死でした。亡くなったのが三月の末で、桜が咲き始めたと思ったら寒が戻って。満開にならないまま亡くなってしまった。
(「百点対談 名優に捧げる句」『銀座百店』2022年4月 №809)