三階席のメモ

自身の備忘録。気まぐれで追加していきます。

當世流小栗判官

作品

 

中世の説経節に源流を持つ小栗判官物の世界を取り込む。

 

・初演 昭和58年7月歌舞伎座

 

伝承

市川笑也

「旦那(猿翁)が『ザ・カブキ』(昭和五十六年・梅田コマ劇場)で和藤内をなさった時に、虎の後ろ足に入りました。その時の演技で抜擢されたんです」

前足の市川猿十郎ともども鬼鹿毛の中に入った。立師は市川段猿。「『やまがた、やまがた、入れ替わってやまがた』とタテの説明を受けたので、『馬のやまがたは、どうしたらいいんですか』。そうしたら『自分で考えろ』と言われ、猿十郎さんと相談しました」

襖を跳び越すところについてーー

鹿毛は正面の襖を破って現れ、立廻った挙句に襖を跳び越す。馬の胴を被らない稽古では難なくできたが、馬の中に入ると「後ろ足は下しか見えません。前足の猿十郎さんが跳び越えられても、こちらは先がどうなっているかわかりませんでした」

仕方なく、最初は襖を跳び越さずに、踏み倒していた。ただ五日目の朝。競走馬が障害物をスローモーションで跳び越す夢を見た。

「起きた時に、これはいけるんじゃないかと思い、猿十郎さんに『今日は跳びましょう』私が猿十郎さんを持ち上げて襖の向こうに放ります。着地したら、二、三歩前に出てください。そうすれば私が移動できます。それで足で襖を蹴って飛ばして入りましょう』と持ち掛けました」

稽古もなしに、本番で共演者に襖を横にしてもらい、見事に跳んだところ、客席は大いに沸いた。

「それが型になって今まで続いています」

(『ほうおう』令和4年8月号(通算531号))

 

お駒について(笑也が演じた際の役名はお槙)

「旦那のお駒をお手本に演じていると母親役の(九世澤村)宗十郎さんが渋い顔をなさる。お詫びをしたら、『お前さん、師匠のビデオで稽古したんだろう。あれは立役がやる女方だ。女方がやるのは違うんだよ』と言われました。『直したいので、教えていただけますか』とお願いしました」

平成5年7月の歌舞伎座で照手姫に配役された。

(『ほうおう』令和4年8月号(通算531号))