六代目中村歌右衛門
人物像
高橋睦郎
中曽根首相招待の会での、歌右衛門のあいさつを思い出します。(歌右衛門の声色で)「みなさん、最近はこの歌舞伎の若い方々もたいへんおえらくおなりになって、昔はちゃんと先輩方に習いに行ったんでございますけれども、最近はね、あなた、ビデオという便利なもので練習をなさるんでございますよ。でも、みなさま、やはり芸というものは手に手、足には足というふうに教わって覚えるものではございませんかしらね、ま、場違いに悠長な話をたいへんに失礼いたしました」
と声色混じりに回想している。
それに歌右衛門はお客さんというものを差別しない、どんな人が観に来ても、毎回とても丁寧になさったでしょう。たまにお客を見て投げる癖のあった十七代目勘三郎が、いつだったか、そのことを感に堪えたようにつくづくと、「藤雄さんは立派だねえ」といっていました。
時代が平成に移ったばかりのころ、雑誌に時評を頼まれて、「天皇が崩御されるまでの一年、わが国の男性原理を代表したのは天皇だったが、女性原理を代表すべき皇后はご病気だったので、わたしの独断と偏見によれば、女性原理を代表していたのは女方である中村歌右衛門だった」と書いたんですよ。そしたら、それを読んだ成駒屋から夜十時過ぎに電話がかかってきたんです。「夜分に、ま、恐れ入ります」と聞いた瞬間、背筋がゾクッとして飛び起きました。「こちら、中村歌右衛門でございます。お書きになったお文章ね、ま、たいへんに結構に、天皇さまのところを最初からおしまいまでね、拝読いたしましたんでございますよ。ま、それからもう一度、最初からおしまいまで拝読いたしましてんでございます」って(笑)。
(山川静夫)「もう芝居として成立してますよ」(笑)。
普段の生活から舞台に立っている人でしたからね。舞台と実生活が見事に一致していました。
(「百点対談 名優に捧げる句」『銀座百店』2022年4月 №809)
山川静夫
不世出の女方で、歌舞伎そのものを体現していました。舞台稽古なんか観てますと、自分の役だけじゃなくて、全部の役のセリフと所作まできちっと入っているんです。だから目が行き届いていて、「ちょいとあなた、それは片手で持っちゃいけないの。両手でこう持つの」とか、実に親切に教育していました。
(「百点対談 名優に捧げる句」『銀座百店』2022年4月 №809)